今日は終戦記念日ね、と母に言ったらその終戦の日を思い出して語りべ。今年はことのほか原爆、第二次世界大戦のことを思う。佐村河内さんのレクエイム広島を聴きに行き、あの原爆ドームを真近にしたからだ。母に「終戦って例のラジオで聴いたの?」と聞いたら、「そうねぇ、山口県の富田(とんだ)に疎開しているとき、山奥で雑音だらけのラジオだったわ、でも何て言っているのか分らなかった」けど一緒にいた農家のおばさんが「戦争が終わった」と教えてくれたのよ、って。終戦間際に父のお父さんが赤痢で亡くなり、あなた(私)をおばぁちゃまに預けて研一だけおぶって対馬まで葬式に行った時のこと。物資不足の折、帰りに鯛とみかんを貰って有難いのは確かだったけど、その時の研一をおぶっている重さは今でも覚えているわ。研一を捨てようか、鯛を捨てようか迷ったなんてとてもリアルに話しておりました。今、こんなに大事にしてくれる研一を捨ててしまったら・・・そう思うくらい研ちゃんって重かったのよ、ですって。終戦間際によく対馬まで行ったわねぇ、今じゃ飛行機で簡単に行けるのにちっとも行かないくせに、と私たちに責められても平然として昔を語っていました。老婆の語り部、それで先祖や亡き父を偲んでこの日を覚えたのでした。
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