昨日もかなりの揺れに再び驚いた。泣きっ面に蜂のように東北地方を襲う地震、如何にも近々にありそうな報道。さすがの私もかなりの準備をしている。東北大学男声合唱を聴いて涙し、民謡や哀歌にはいくつもの天災の危機を謡ったものが多いが、ここまで直撃されて、また、昨夜のように津波警報が出される、本当に気の毒だ。ただ、東北地方の津波は宮沢賢治が生まれる明治29年に三陸大津波がきて、(誕生の二カ月前)彼の死後昭和8年(死後6か月)昭和三陸大津波と幾多の惨状を沿岸部に残した。つまり、海岸近くには住んではいけないのだと、歴史が教えていますが、人々は海の近くへと職場を広げ、我が家もろとも住んでいたのでひとたまりもありません。こんなに悲しい天災が襲うなんて、とおもいますが、ちょうど1年が過ぎてあの惨状を思い出してしまいました。
先日日本橋の丸善ビルに入っている大塚家具が日本橋を引き払う、それに伴うセールをしていると、時間があったので見に行きました。昨年の地震の時、大好きだったガレーのランプが割れて、何となくランプを買いたいなぁと思って出かけました。大塚家具の製品は普段高めで、余り「買おう」とは思わない、「見よう」だけでしたが、素敵なランプを見つけました。でもね、こんなに頻繁に地震があるからまたガレーのランプのような末路は・・・と考えて買うのをやめてしまいました。ランプがなくても死なないわと。こう考えると食器もいらない、有るもので済ませてしまいたい、こんな考えの人ばかりでしたら経済も活性化しないし、ヘレンドやバカラも買いたくない。いま有るのまで壊れてしまうかわからないこの時代は、多少の我慢が大事です。
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