今日、銀座三越地下に立ち寄った。あと2週間強でバレンタインがくる。この習慣も定着した感があるが、私はまだしっくりしていないんだなぁ。アメリカでは日本のように”女の子が思い焦がれている人に愛を打ち明ける日”というイメージはない。親しい異性の友達にカードや花を贈る習慣はあるが、騒々しいお祭り騒ぎはない。時は2月、お菓子が売れない時期だし、この際バレンタインにかこつけてチョコレートを売ってしまおう、ということが始まりだと思いますよ。その、最たるものは本当に日本だけ、ホワイト・デイまで作ってしまった。それもすっかり定着しているようだ。私はこの習慣を思うと首筋が寒くなる。そこまで商魂逞しいのは”卑しい”根性だと思っている。日本人は律儀だし、返礼をする国民だから、こんな変な習慣が根付いたのでしょう。
バレンタイン・デイの思い出。今から10年ほど前にシドニーへ男性一人、女性二人の変形旅行を決行した時の事。時は丁度バレンタインその日に当たった。かの地でもカップルが恥ずかしげもなくバラを一本女性に上げたのだろう。たいていテーブルに可憐にさしてあった。シドニー湾を望むウオーターフロントの素敵なレストラン。私たち3人が席に座ったら、周りの人たちがジロ、ジロ。どうしてバレンタインに3人なの?と暗に観られていた。驚いたことにバレンタイン・デイは2人分で料理をセットして準備していたらしい。私たち3人のところは、少しづつ削って3人に水増しして持ってきた。ところが私の連れ二人が喧嘩を始めてしまった。さぁて、理由はさておき三角関係のもつれか、と想像したのであろう。その結末は男性が怒って支払いをして席を立ったので、場面はつまらなくなった。私たち女性二人はその後ゆっくり食事をして立ち去ったのだが。あの時は面白かった。私は傍観者と同じ目線だったが、かなり面白い場面でした。バレンタインというとあの時の情景を思い出してしまいます。そういえばNYに住んでいる時アパートのコンシアージに「MISS OMAE、バラが届いていますよ」と箱に入ったバラを頂いたことがあったが、その方はその後数年で亡くなってしまいました。そんな粋な事をしてくれる人は、今はいません。粋にいきましょうよ、粋に!
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