今回森本画伯に書いていただいた42丁目のグランド・セントラル駅。この駅ほど恋愛が似合う駅はあるまい!ロバート・デニィロとメリル・ストリーブの「恋におちて」が究極でした。ハドソン川をすれすれに走るハドソンラインの列車がグランド・セントラル駅に着くと、足早にオフィスに向かうビジネスマンが颯爽と目的に向かって歩く。真ん中の時計台は待ち合わせのメッカ。私はこの駅に来ると思い出す事件があります。今では30歳を越えた大前の二男がNYの北ハドソンラインの終点Poughkeepsie(ポケプシーと発音するらしい、インディアンの名前だからとても発音が難しい)に高校生で留学したときに起きたことです。彼は留学して間もない頃で、寮生活も慣れない頃でした。彼の誕生日に叔母である私の所へ電車で来るという約束をしていました。電車の時間も調べてグランド・セントラル駅に出迎える。私は甥っ子が当然決めた電車で来るものと思い、ホームの入り口で待っていました。最後の人まで出てきても彼は乗っていない!スワ、誘拐か。焦りました。いかつい黒人の警察に訴えました、「私の甥っ子がいなくなった!、捜してください」警察は「駅の事務所に行ってマイクで呼びかけな」と。つたない英語で私は必死でしたから・・・こんなことになるなら、ここで彼がいなくなったら研一になんてお詫びしたらいいか、悪いことばかり考えてしまいました。この時の気持ちは何年経っても恐ろしい思いでです。私は駅の事務所に入ってマイクの前で日本語で「ひろちゃん、れいこ叔母は駅の事務所にいます!!近辺のお巡りさんに連れてきてもらってください」と絶叫しました。後にも先にもグランド・セントラル駅で日本語でマイクに向かって絶叫した人いないでしょうね。その後何本か待ちましたが、彼は乗っていませんでした。当時携帯電話なんてない時代でしたから、一応帰ってみようとアパートに戻って寮に電話をしたら、何と彼は部屋にいました。部屋から電車の駅までどうやって行ったらいいか分からなかった、って。私はへなへなと座り込んでしまいましたが、彼は「れいこ叔母さん、僕今日誕生日だよ」と泣きべそをかきそうな声。私は意を決して迎えに行きました。ハドソン川をひた走る電車はロマンチックなんてすっ飛んで、はやる気持ちで彼を寮まで迎えに行って、その後マンハッタンへ。東京レストランのラスト・オーダーにやっと間にあって、激動の一日でした。グランド・セントラル駅の時計台は待ち合わせの人で溢れていました。後にも先にもグラセンのマイクに向かって絶叫した人いないと思います。森本画伯の絵に額を誂えました。伊東屋さんの8階に花田さんという額の専門家がいらっしゃいます。私はいつも額を作るとき花田さんを指名します。彼に任せるとたいてい品よく仕上げてくださいます。
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