今日ちい散歩で新橋烏森神社を歩いていた。あの辺は昔から小さな小料理屋さんが軒を並べていましたが、今もそうみたい。昔は新橋と言ったら東おどり、芸者さんが900人余りいたそうだが、今では俄か芸者さんが就職の気持ちで応募してくるそうだ。何故烏森神社を・・・・そう、父が元気で仕事もうまくいっているころはこの烏森神社前の”おしげ”さんという小料理屋に必ず寄って帰宅していた。顔も若さも素敵じゃないおかみさんだったが、人あしらいのうまい人でした。何故父がまっすぐ帰らず、”おしげさん”に寄っていたか。大人になったらわかりました。父は梯子癖があり、ここおしげさんだけでは済まない飲み方の人でした。新橋から横浜までグリーン車の定期を持っていたので、眠りこけて小田原まで行ってしまうなんてことがたびたびありました。そんな時の母の対応は実に冷たくて、私がもし男だったらやはり飲んで帰るわ、と心で母に反抗していました。そんな時良く私を誘ってくれて、おしげさんで待ち合わせ、それからふぐを食べに行った。上司と秘書?と勘違いされて、一通りお鍋を作ったら気をきかせて「御用があったら呼んでください」とお座敷を去ろうとした女中さんに「親子だからいいよ」と言って笑ったことを思い出しました。父とは内緒ごとをたくさんしました。帰りの電車も父と一緒だとグリーンに乗せてくれました。私が勤めていた丸紅と取引があって、父が来ると決まって部長から「お父さんが来ているから新橋のいつものところで・・」と電話があり、そんな時も父と一緒に帰ると母の機嫌が悪いので、同じ家に帰るのに電車を1本ずらしていました。4月15日父の誕生日、若き日の思い出です。
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